社員による、パワースポット探訪記。これを読めばあなたにもPOWERがっ・・・

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パワースポット
稲荷森稲荷神社(東京都世田谷区)
 
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東京都世田谷区桜丘にあります「稲荷森稲荷神社(とうかんもりいなり)」

鎮座地 : 桜丘2ー29-3  氏子地域 : 桜丘1~3、5丁目
御祭神 : 倉稲魂神  社格 : 無格社

桜丘の大部分を占める横根地区の守り神であり続けたのが稲荷森稲荷神社です。
稲荷の文字が続きますが、読み方は「とうかんもりいなり」となります。詳しい由緒を記したものは残っていなく、恐らく室町時代以降、吉良氏が世田谷を治めていた頃ではないかと考えられています。

ただもっと古い話も残っていて、明治時代に土地の古老たちが話すには、「奥州へ落ち延びた源義経を追って静御前がやってきて、この神社で一夜を明かした」と言い伝えられてきたそうです。
とはいうものの源義経と静御前の伝説は日本各地に残っているので、その信憑性となるとちょっと微妙なところです。

 

吉良氏時代にはこの神社、或いは周辺で六斎市が開かれ、天正六年(1578年)には小田原城主北条氏政がそれを上町に移し、後にボロ市になったともいわれています。
その名残で以前はボロ市の日には神社前に数軒の店が出ていたそうです。

江戸時代の「新編武蔵風土記稿」には「菅刈社」と表記されていて、この付近も「菅刈庄」といわれていたことから、「地名を冠するのだから、古い由緒ある社であろう」と記されています。
また黒駒街道(登戸道-現世田谷道)から分かれ府中方面へ抜ける黒駒裏街道(横根道)は稲荷森稲荷神社前を通っていました。

神社の杉の森は「どんなに雨や雪が降っても稲荷森まで行けば焚き火ができる」「稲荷森神社では傘がいらない」と言われるほど古木がうっそうと茂っていて、往来する人々や荷物の運搬を生業とする馬方達はこの森で雨宿りや休憩していたようです。
現在でも江戸時代の馬方達が奉納した木彫が残っていたりします。そういった深い森があったから稲荷森という名前が後に付けられることになったようです。
その他、昔は境内で馬の市が立ったことから横根道を馬喰横丁と呼んでいたといった記述もありますが、どうなのでしょう。

 

明治になると新政府により社地の大半が取り上げられ、明治40年(1907年)には世田谷村の鎮守である現世田谷八幡神社への合祀、神社の廃社が強要されましたが、氏子有志は結束して独立維持を主張し、政府に立ち向かって神社を護持したそうです。
そういった経緯に拠るものなのか分かりませんが、今でも神社庁に所属しない単立神社として維持されています。

現在、神社は参商会という商店街の真ん中に立地しています。
神社前の通りは細く、商店街となっているので人の往来も多く、繁華街とまではいかないにしても賑やかな場所にあるといった感じです。

境内は商店街の中にあるのにふさわしく、空き地に神社が建てられたといった感じで、稲荷森と呼ばれたころの面影は全くありません。
昭和の初期までは境内に樹齢300~400年を数える杉の神木を初め、鬱蒼とした森やら大きな湧水池などがあり、稲荷森の名にふさわしい雰囲気はあったようですが、戦後になると物資の不足から境内の樹木を伐採して社務所を建設したり、大気汚染などにより枯れてしまったりして、周りの風景と共に味気ない感じの境内となっていったそうです。

現在の社殿は昭和44年(1969年)に建てられたもので、以前のものは神輿庫に改造され、 本殿の内宮は末社として外に祀られています。
境内はあまり広くなく、夏に行われる盆踊りでは境内にある大きなイチョウの木を中心に櫓が組み立てられ、櫓の大木を中心に盆踊りが行われていたりします。

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