社員による、パワースポット探訪記。これを読めばあなたにもPOWERがっ・・・
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パワースポット
鶴岡八幡宮(神奈川県鎌倉市)
 
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鶴岡八幡宮は、京都の石清水八幡宮を厚く信仰していた源頼義が前九年の役で奥州の安部氏を平定した後、康平6年(1063)8月、京の石清水八幡宮を鎌倉由比ガ浜郷に勧請し社殿を創建した。


鶴岡八幡宮は常に鎌倉のシンボルであり、幕府の儀式や行事はすべてここを中心に行われた。また武門のシンボルとしても豊臣、徳川家から手厚い信仰を受けていた。

舞殿


鶴岡八幡宮の仁大門を入ると舞殿の広場がある。
舞殿は、本宮への石段の前に建つ、入母屋造りの建物。ここは、かって舞いの名手で、源義経の愛人であった、静御前の悲しい逸話が残っています。
吉野山で捕らえられた静御前は、源頼朝に舞を命ぜられ「吉野山みねのしら雪踏み分けていりにし人のあとぞ悲しき」と義経を慕う歌を詠み舞った。
これが頼朝の怒りをかい、義経の子と、自らの命を失う悲劇が生まれた。

本宮


正面の石段を登りきると、正面に総朱塗りの楼門が大きい随神門がある。
源頼朝が、この高台に社殿を作ったのは、建久2年(1191)で、既に平家は滅亡し、奥州・藤原氏も討伐し60余州を平定した時であった。
翌年には、征夷大将軍になり、まさに頼朝の絶頂期であった。

本宮は文政11年(1828),江戸幕府11代将軍・徳川家斉の造営で代表的な江戸建築である。
また2代江戸幕府将軍・徳川秀忠が修造した若宮と併せて国の重文になっている。

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